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名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)1356号 判決

原告

吉田圭一郎

原告

吉田秀子

右両名訴訟代理人弁護士

西村諒一

被告

美谷浩三郎こと

姜造逑

右訴訟代理人弁護士

青山學

川上敦子

主文

一  被告は、原告吉田圭一郎に対し、金三六七万四〇〇〇円およびこれに対する昭和五八年五月二九日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告吉田秀子に対し、金六六万六五〇〇円およびこれに対する昭和五八年五月二九日より支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項について、仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  原告ら

1  被告は、原告吉田圭一郎(以下、原告圭一郎という。)に対し、金七〇〇〇万円およびこれに対する昭和五八年五月二九日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告吉田秀子(以下、原告秀子という。)に対し、金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和五八年五月二九日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  主張

一  原告らの請求原因

1  原告圭一郎は、別紙物件目録(一)記載の山林三筆(登記簿上の合計地積七三四八平方メートル)を所有し、原告秀子は、別紙物件目録(二)記載の山林二筆(登記簿上の合計地積一三三三平方メートル)を所有している。(以下、原告圭一郎所有の右山林を本件(一)の山林、原告秀子所有の右山林を本件(二)の山林、これを総称して本件各山林という。)

2  本件各山林は、四日市市の市道に沿つて、ほぼ一団となつて存在する山林であり、生長した松木が繁る自然林をなしていた。

3  被告は、本件各山林の周辺地区で土砂採取業を営んでいたが、昭和五七年夏頃、自ら、又はその従業員をして、原告らに無断で本件各山林を掘り崩して採取し、前記市道の北東端から深さ約二七メートルに亘り土砂をえぐり取り、もつて本件各山林を崖淵状に落ち込んだ形状になし、その自然林を壊滅させた。

4  被告又はその従業員は、本件各山林が原告らの所有であることを知りながら、あるいは、本件各山林が原告らの所有であることを容易に知ることができるのに、相応の注意を払わず、誤つて、右行為に及んだものである。

5  その結果、原告らには、左記(一)又は(二)の損害が生じた。

(一) (交換価値の滅失)

(1) 本件各山林は、元の姿で現存していれば、時価三・三平方メートルあたり四万円の価値を有していたものである。

(2) 被告の行為により、本件各山林は、現状のままでは利用不可能な状態になり、これを造成工事等により利用可能な状態に復するためには莫大な費用がかかり、これを取引の用に供することはできなくなり、その交換価値を失つた。

(3) よつて、本件(一)の山林の地積は七三四八平方メートルであるから、原告圭一郎に生じた損害は八九〇六万円であり、本件(二)の山林の地積は一三三三平方メートルであるから、原告秀子に生じた損害は一六一五万円である。

(4) 少くとも、本件各山林が元の姿のまま現存していたならば有するであろう時価額と、現状有姿の形状による時価額との差額が、原告らに生じた損害である。

(二) (復元工事費用)

(1) 本件各山林の原形復元は殆んど不可能であるが、本件各山林の元の姿における時価額を生み出し、かつこれを維持するために、隣接する四日市市の市道の高さまで本件各山林の土地造成をなし、かつ造成土地の土砂が流失しない程度の土留工事をなす必要がある。右各工事に要する費用は、本件(一)の山林につき七〇〇〇万円、本件(二)の山林につき一〇〇〇万円、をそれぞれ下ることはない。

したがつて、原告圭一郎には七〇〇〇万円の、原告秀子には一〇〇〇万円の、各損害が生じている。

(2) 少くとも原告らは、本件各山林に隣接する右市道の崩壊を防ぐため、市道に隣接する部に路肩を保全するための盛土、土留工事をなす必要が生じた。右工事費用は、原告ら以外の土地を含む工事対象地区の全面積一〇、五一六・七一平方メートルにおいて、合計七〇〇〇万円を要する。これを、原告らの所有する本件各山林において負担すべき金額をその面積の割合で按分すると、本件(一)の山林は実面積が七〇五〇・五七平方メートルであるので金四六九二万九一一五円、本件(二)の山林は実面積が一二八九・三三平方メートルであるので、金八五八万一八七五円となり、右金額が原告らに生じた損害である。

よつて、被告に対し、不法行為に基づき、原告圭一郎は右損害金七〇〇〇万円、原告秀子は一〇〇〇万円、及び右各金員に対する本件不法行為後の昭和五八年五月二九日より各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件各山林が四日市市の市道に沿つてほぼ一団となつて存在することは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実のうち、昭和五七年夏頃、被告の従業員が誤つて原告ら本件各山林の一部を削り、土砂を採取したことは認めるが、その余の事実は争う。

4  同4の事実中、被告の従業員の過失は認めるが、その余の事実は否認する。

5  同5の事実はいずれも否認する。すなわち、

(一) 本件各山林は、元の姿で現存していても、時価は二万五〇〇〇円前後である。

(二) 被告の従業員の行為により本件各山林の土砂が削り取られたことにより、その交換価値が無に帰することはない。

(三) 原告らが主張する復元工事費用は、原告らに生じた被害に照し、過大な土地造成工事をなすことを前提としたもので、本件不法行為との間に相当因果関係がない。特に、四日市市の市道が崩壊する蓋然性はなく、また本件各山林のうち右市道に接しているのは、その一部にすぎない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実、及び本件各山林が四日市市の市道に沿つてほぼ一団となつて存在していること、昭和五七年夏頃に、被告の従業員が誤つて原告ら所有の本件各山林の一部を削り、土砂を採取したこと、右土砂の採取は、被告の従業員の過失によつてなされたこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。

二右争いのない事実と〈証拠〉によれば、(イ)被告は、美谷建設工業の商号で、土木工事請負の営業をなしていたが、昭和五五年三月頃、訴外小林基との間で、本件各山林の北側に位置する同訴外人所有の山林二町七反余の土地について、土砂を採取する目的の土地使用、採土契約をなし、以来、従業員訴外田中朝和を現場責任者として、右山林からの土砂の採取を続けていたこと、(ロ)ところが昭和五七年四月、訴外田中が事故により死亡し、急拠、被告の従業員である訴外永田孝一が右土砂の採取について現場責任者をつとめることになり、その旨の県に対する届出もなし、訴外永田の監督のもとに被告の右土砂採取の事業がすすめられることになつたこと、(ハ)ところが訴外永田は、土砂を採取できる土地の範囲について、前任の者から引き継ぎの指示を受けることができず、また被告からも特段の指示がなかつたため、本件各山林の南側市道に至るまでが訴外小林基所有の山林であると早合点し、その採掘をすすめたため、同年一一月頃には右市道の近くまで掘削がすすみ、三重県四日市土木事務所から、市道の保安基準を損ねているので掘削部分につき一部埋戻しをなすよう、行政的指導を受けたこと、(ニ)本件各山林は、元、右市道に沿い、小山状の隆起をもち、その北側は、小林基所有の山林と接し、右付近においては二〇メートル以上の崖地を形成し、一つの高台をなしており、地表は、松及び雑木の自然林におおわれていたものであつたが、被告の右土砂の採取により、従来の自然林を有する地表面は右市道沿いの一部に残すのみとなり、地点によつて異るものの、小山状の隆起はなくなり、市道沿いの地点の一部には、市道と同じ高さの地盤が平均約一五メートル巾しか残らず、その北側は数段階の崖状に削り取られたままになつたこと、(ホ)被告とその現場責任者であつた訴外永田は、地元の測量会社の指摘により、昭和五七年一二月中頃、被告が土砂採取の契約をなしている訴外小林基所有の山林の境界を越えて掘削がすすんでいることに気付き、原告らもその頃はじめて本件各山林が無断で掘削されている事実を知り、以後、原告らと被告との間で、その補償の交渉がなされたが、結局、確定的な合意をなすまでには至らず、原告らの本訴提起に至つたこと、以上の各事実を認めることができる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

三右認定事実によれば、被告の従業員訴外永田は、昭和五七年四月、被告の土砂採取の事業につき現場責任者を引き受けるにあたり、契約の相手方である訴外小林基に問い合わせるなどして土砂採取の契約対称地である山林の境界を確かめることは容易であったのに、これをなさず、その後漫然と土砂の採取をすすめたため、原告ら所有の本件各山林からも無断で土砂を採取し、本件各山林の原状を著るしく侵害したことは明らかである。

そうであれば、訴外永田の過失により原告らの本件各山林を侵害し、原告らに損害を与える不法行為をなしたことは容易に認められ、訴外永田の右不法行為は被告の事業の執行に際しなされたことも明らかであるから、被告は、民法七一五条により、原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

しかし、被告が直接本件不法行為をなしたこと、又被告又は訴外永田が故意により本件不法行為をなしたこと、の各事実については、本件全証拠によるもこれを認めることができない。

四そこで、原告らに生じた損害額について検討する。

1  まず、本件各山林の交換価値の滅失、低減の面から、原告らに生じた損害額を判断する。

(一)  〈証拠〉によれば、原告らは、本件各山林を将来宅地に転用できる土地として、転売により利益を得ることを目的にこれを取得したものであること、本件各山林は都市計画法上の市街化調整区域にあり、直ちには宅地としての開発をなし得ないが、近隣の開発の状況に照し、将来的には宅地としての開発も見込まれること、そのような状況に照せば、本件各山林は、将来の開発を前提とし、宅地に転用される見込で取引の対象とされることが土地の最有効利用法であり、宅地見込価格によりその交換価値を把握することが適正なものであることが認められる。

(二)  そして、鑑定人平林尚彦の鑑定の結果によれば、本件各山林が元の姿であつた場合において、取引比準価格においても、また将来宅地に転用され造成工事がなされた後の見込更地価格より造成費用等を控除して求められる価格においても、一平方メートルあたり一万円と評価すべきこと、本件各山林のうち、別紙物件目録(一)、3の山林及び同目録(二)、2の山林は、一括利用するとしても不整形な地形をなしているため、一平方メートルあたり九五〇〇円に評価すべきこと、さらに、現状有姿の状態においては、一部山土が採取され、北東側の多く採土された部分と南東側の道路とほぼ同じ高さが維持されている部分とは、高低差において一〇ないし三〇メートルほどの崖をなしているため、利用効率が阻害されるので、元の姿の場合の価格と対比して一〇〇分の九五を減じ、本件各山林を一平方メートルあたり九五〇〇円、前記(一)、3及び(二)、2の山林は、一平方メートルあたり九〇〇〇円と評価すべきものであることが認められる。

(三)  そうすると、本件各山林は、元の姿の場合の評価額と現状有姿の場合の評価額との間には、一平方メートルあたり五〇〇円の減価が生じているのであるから、原告圭一郎には、本件(一)の山林の地積合計七三四八平方メートルにおいて、合計金三六七万四〇〇〇円の損害が生じ、原告秀子には、本件(二)の山林の地積合計一三三三平方メートルにおいて合計金六六万六五〇〇円の損害が生じているものと認めることができる。

(四)  原告らは、本件各山林は三・三平方メートルあたり四万円(即ち、一平方メートルあたり一万二一二一円)であつたと主張するが、前示認定以上にこれを認むべき証拠はなく、右主張を採用することはできない。また原告らは、現状のままでは本件各山林の取引価格は零に等しく、時価額全額の損害が生じている旨主張するが、本件各山林は、もともと、元の姿においてはさしたる利用価値はなく、将来の宅地見込地として利用するのが最有効利用法であるところ(現に、原告らもそのような転売を目的として本件各山林を取得している。)、右宅地の開発にあたつては当然宅地造成の工事をなすことが必要であり、元の姿における場合も、また現状有姿の場合も、その造成費用には差異が生じるものの、造成工事をなして宅地の開発をなすべきことには変りはなく、現状のままでは本件各山林の交換価値がないとすべき理由はない。そうであれば、本件各山林が元の姿であつた場合の時価額と現状有姿の状態における時価額との差額が原告らに生じた損害であることになるから、前示の認定を左右すべきものはない。

2  ところで原告らは、本件各山林の元の姿における時価額をうみ出し、これを維持するため、本件各山林の土地造成及びその土留工事をなす必要があり、これに要する費用は、本件(一)の山林について七〇〇〇万円、本件(二)の山林について一〇〇〇万円を下らない旨主張する。

(一)  たしかに、鑑定人渡辺己之八の鑑定の結果によれば、本件各山林の以前の地形図に示された等高線により原形を想定し、これにそうように土盛したうえ、盛土の法面を盛土筋芝工法により保護し、山頂付近は種子吹付工法により緑化を行い、市道に面した法面についてはベルデ工法により法面保護と緑化をなすことにより、本件各山林の地形を原形に復元することができるが、その工事費用には一億五三六五万円を要するものであることが認められる。

(二)  しかしながら、原告らが主張する本件各山林の復元工事は、経済的な意味において、本件各山林の元の姿における時価額を生み出し、維持するために必要な工事であるとするものであるが、前記1の判示のとおり、本件各山林の元の姿における時価額も八六八一万円を超えるものではなく、その時価を再生するためにその倍額に近い一億五三六五万円もの費用を投ずる意味はない。まして、現状有姿の状態における本件各山林は、元の姿の状態における場合と比較して、取引価格において僅か合計四三四万円余の減価しか招いていないのであるから、右の如き費用を投じて復元工事をなすことは、原告らの損害を回復するために必ずしも必要なことではなく、右工事費用額の損害は、本件不法行為と相当因果関係に立つものではない。

(三)  もつとも、本件各山林の原地形への復元を求めるものではなくとも、一定の工事により損害を回復し得るのであれば、右工事をなすに必要な費用が原告らに生じた損害額であると言えよう。しかしながら、右工事の内容について具体的な主張、立証はないうえ、右工事が純粋に本件各山林の以前の価値を回復することが目的であるとするならば、前記1に判示した損害額を上まわる工事費用を要するとするならば、同様に必ずしも必要なものではないと言わなければならない。

(四)  したがつて、この点に関する原告らの主張は採用することができない。

3  さらに原告らは、本件各山林に隣接する四日市市の市道の崩壊を防ぐため、その路肩を保全するための工事をなす必要が生じたので、その工事費用も原告らの損害である旨主張する。

(一)  しかしながら、〈証拠〉によれば、三重県土採取規制条例に基づく土砂の採取の規制においては、公道の路肩から五メートルの保安距離をおかなければならないところ、本件各山林の場合、前記の四日市市の市道に対しての保安距離は保たれており、また、路肩の保安上その崩壊の虞れがある個所はないので、行政の立場からの指導等の措置をとる必要は今のところないことが認められる。

(二)  一方、証人渡辺己之八の証言中には、掘削後の本件各山林には、右市道路肩より水平部分が一五メートル位しかないところがあり、かつ、その垂直高の高低差は二〇メートル位あるので、将来法面が安息角度三〇度で安定するとすれば右市道の崩壊は免れない旨の証言がある。しかしながら、右証言においては、法面の最下部である法尻が現在の位置にあることを前提にして右市道にも影響を及ぼすとしているが、一般には、土砂の流出により法尻も移動することが容易に考えられるのに、その点についての考慮はなく、また安息角三〇度による法面の安定というのも、一般的、抽象的には肯認しうる考えであるとしても、具体的には、土砂の堆積の強度、草木等による自然的な法面の強化、あるいはその都度の人為的法面保護対策などにより、どの段階までの崩壊が進むことになるかは大きく異るものであることも十分考えられることであり、ただちに同証言にいうとおり市道の路肩を保護するために七〇〇〇万円余の資金を投じて(但し、訴外水谷所有の同所一六五二番二の山林を含む。)盛土、土留等の工事をなす必要があるとは認め難く、右証言は採用できない。

(三)  そして何よりも、本件全証拠によるも、右市道の管理者である四日市市は、原告らに対し、右市道保全のために何らかの工事ないし費用負担の請求、或いは損害填補の請求をなしているものではなく、原告らにおいて、右主張の如き工事をなすべき損害が生じているものとは認めることができないのである。

したがつて、原告らのこの主張も採用することができない。

4 以上のとおり、原告らは、本件不法行為により、本件各山林の交換価値低減の損害を受けていることは認められるが、その余の損害の主張はいずれも採用できないので、前示1のとおり、原告圭一郎には金三六七万四〇〇〇円の、原告秀子には金六六万六五〇〇円の、各損害が生じているものとしなければならない。

五そうであれば、被告は、訴外永田の過失による不法行為について、その使用者としての責任により、原告圭一郎に対し右損害金三六七万四〇〇〇円、原告秀子に対し右損害金六六万六五〇〇円、及び右各金員に対する本件不法行為後の昭和五八年五月二九日より各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官大内捷司)

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